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【学ぶKL16】難民問題でできること:マレーシアでミャンマー難民の学校で英語を教える〜後編

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ミャンマー山岳地帯から逃れてきたチン族の学校

マレーシアよりこんにちは!

前回に続き、難民の子どもたちが通う学校と、そこでのボランティア活動についてご紹介します。

【関連記事】マレーシアの難民受け入れ事情<前編>

英語が話せるようになってきた6才の生徒。

今年に入り、SNSでの情報発信などを通じて、クアラルンプール在住の日本人の間で、ほんの少しずつですが、広がりつつあるボランティアの輪。

私たちがいまお手伝いをしているのは、ミャンマー北西部の山岳地帯からマレーシアに逃れてきた、チン族の難民が自主運営している学校です。

元気な子どもたち。

彼らは、「Chin Student Organization」(CSO)という組織を作り、クアラルンプール周辺に、4つの学校を運営しています。各校に約45名の生徒が在籍、合計200人前後の子どもたちが学んでいます。

CSOの設立は2005年。ミャンマー出身の大学生たちが、クアラルンプールの路上であてもなく過ごしているチン族の子どもたちに出会い、勉強を教えることにしたのがはじまりでした。

現在でも、各校の校長をはじめ、フルタイムで教える先生は、同じ難民の若者たちです。

私たちがボランティアをしている学校のジョン校長は20才。13才のときに弟とマレーシアに来たそうです。くわしい事情はわかりませんが、両親はいまもミャンマーにいるとのこと。

朝の授業が終わるとみんなで給食の準備 。右は校長のジョンさん。

この学校で英語、数学、科学、チン語を学び、いまは後輩たちに勉強を教えながら「定住国」が決まるのを待ち続けています(マレーシアは難民の定住を認めていません。くわしくは前編をご参照ください)。

前任のジョセフ校長(24才)は、この春オーストラリア定住が決まり、マレーシアを去っていきました。

ボランティアの内容は?

2018年1月から、難民に英語を教えるボランティアを始めた陽子さんは、ご自身のお子さんが通っているインターナショナルスクールのPTAからここを紹介してもらったそうです。

授業の様子。

マレーシアには近年、イスラム教徒のロヒンギャ族の難民が、ミャンマーやバングラデシュから大量に亡命してくるようになりました。そうしたニュースを見て、なにかできることを探していた折、中華系マレーシア人の母親のひとりが、ここでボランティアをしていることを知ったそうです。

ロヒンギャの子どもたちへの支援は、同じイスラム教徒のボランティアが対応するケースが多いよう。礼拝や断食などの習慣を知る者同士のほうがサポートしやすいのかもしれません。

ちなみに、チン族はキリスト教徒が多く、教会からの支援も受けています。

さて、陽子さんは、週に1コマ・2時間の授業を担当することになり、初日から最年少クラスにポイと放り込まれました。最年少クラスには4才〜7才の子が10人ほどいて、ほとんどの子が、英語をまったく話せません。

教師の経験はなく、どうすれば子どもたちにうまく教えられるのか、 最初は戸惑いましたが、とにかく1学期間は続けようと決心していたそうです。

最年少クラスのボランティアに学校が求めるのは、楽しい時間を過ごすこと。ゲーム、歌、読み聞かせなどを交えながら、簡単な会話の練習ができればいいといいます。

とにかく一緒に過ごしてくれる人がほしい

私は、陽子さんのFacebookを見て、3月から同じクラスのお手伝いをしています。4才と7才ではできることも異なり、一人ひとりが「ティーチャー!ティーチャー!」と自分を見てほしくてたまりません。10人の生徒がいたら、先生は2人ではまだまだ足りないくらい。

ほかの曜日や、ほかの学年の先生も足りません。ジョン校長に、どんな支援が必要かと聞くと、お金の寄付よりも「ここに来て子どもたちと一緒に過ごしてくれる人がほしい」と言います。

身近なところで情報発信をするうちに、少しずつ参加希望者が増えていきました。日本で小学校教員をしていた方、教育移住でマレーシアに来ている方、こちらでビジネスをしている方、海外赴任中の駐在者の家族など。

みなさんのコメントを、いくつかご紹介したいと思います。

8〜9才の算数をサポートした和加奈さん

「とにかく子どもたちが可愛くて無邪気で、たくさんのパワーをもらった気がします。
勉強を教えることはもちろんですが、とにかく一緒に楽しい時間を過ごす人が一人でも多くいると、彼らは心強いんだろうなと感じました。先生のいない時間は自習でつまらないから、毎日来てほしいと懇願されました」

和加奈さんは、父親の仕事の関係で幼少期をカナダで過ごしており、ボランティアは身近なものだったそうです。母親に連れられ、教会でのボランティアのお手伝いをしていたこともよくおぼえていました。両親と同じように夫の海外駐在が決まり、自分の仕事をやめて子育て中のいま、ようやくボランティアに取り組む時間ができたといいます。

親子で参加した由美さんと真凛さん。

インターナショナスクールに通う17才の真凛さん

「お母さんがボランティアに行ってくるね、と言ったので、学校でボランティアを30時間しないといけないっていうのもあり、どんな感じなのかなっていうのを見るために行きました。でも、思っていたのとはまったく違って、大変っていうよりも楽しいほうが大きかったです。だから、子どもたちの力になれるなら、これからも通いたいです」

真凛さんの母・由美さん

「日本ではどこか遠い世界の話のように思う難民問題。マレーシアに来て、いろいろな国の問題や難民について、以前より身近に感じるようになりました。そこへ、陽子さんの投稿を目にし、自分の目で見て、接して、なにか私にもできることがあればと参加しました。参加する話をすると、娘も行きたいというので、一緒に参加することに」

「最初の感想は、子どもたちが可愛い!ということでした。大変な環境だろうに、みんな目がキラキラしていて。また、中高生の子どもたちがニコニコしながらみんなの食事を作り、運ぶ姿にも温かさを感じました。大きな家族のようで、私たちが逆に学ばせていただくことのほうが多いのかもしれないと思いました」

給食を作る上級生。

「私は、『また機会があれば参加して何かできたらいいな』、娘は『毎日でも行きたい』と話しながら帰宅。現代の日本社会から薄れつつある、人と人とのつながり、家族、温かさみたいなものを思い出したように感じます。ボランティアに参加して、子どもたちから温もりや元気をいただいたように思います」

<チン族について>

チベット・モンゴルに起源を持つ少数民族で、14世紀頃から現在のミャンマー連邦共和国内にあるチン州を中心にインドなどにも居住。ミャンマーは、かつて英国の植民地になりましたが、チン州は英国による「間接統治」となり、チン族の首長が政治的なパワーを持ち続けていたようです。

1948年にミャンマーが英国から独立しても、チン族は伝統的な行政ルールを継続していました。そのため、1988年にミャンマー国軍が全権を握ると、チン族は「チン国民戦線」と「チン国民軍(CNA)」を結成して軍事政権に対する抵抗を続けてきたそうです。

また、国民の9割が仏教徒のミャンマーで、チン族がキリスト教徒であることも差別や弾圧の要因になっています。

2011年の人権団体による調査では、チン州の家庭の90パーセントがミャンマー国軍兵士による強制労働を強いられており、15パーセントはレイプや拷問に遭っていました。また、チン族が伝統的に大切にする家畜の牛を殺すことにより飢餓が発生、マレーシアやインドへ亡命する難民が増える原因になりました。

参照URL:UNHCR Malaysia

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服部 駒子
東京生まれ。2011年より約4年間シンガポールに滞在、2015年1月よりクアラルンプール在住。翻訳者・ライター。共訳書に「メディカル ヨガ 〜ヨガの処方箋〜」(バベルプレス)、書籍「アンコールの神々 BAYON」(小学館)、WEBサイト「シンガポール経済新聞」、「シンガポールナビ」、マレーシア在住日本人向けフリーマガジン「Weekly MTown」などに記事を寄稿。グローバルエデュ 姉妹サイト「旅キッズ」で「てくてくシンガポール」を連載。

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