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【学ぶKL17】マレーシアでチン族難民の校長に教わる…「2019年問題」と子どもたちの未来

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眠れない夜が続く、チン族難民の生活

2019年2月某日、私はクアラルンプールの繁華街で、ある人と待ち合わせをしていました。

約束は11時。その20分前に「もう着きました」と連絡があり、急いで向かいました。

彼の名前はピーター(クリスチャンネーム)。ミャンマー北西部のチン州から、ビルマ国軍による弾圧を受けてマレーシアに逃れてきたチン族難民の若者です。

ピーターさんは、私が1年ほど前からボランティアで英語を教えていたチン族難民の学校「Chin Student Organization(CSO)」の会長です。

CSOチェラスの全校生徒。右端がピーター校長。

私が通っていたのは、セランゴール州プチョン(Puchong)にあるCSOの分校で、ピーターさんは、クアラルンプール市内のチェラス(Cheras)にある本校の校長を務めつつ、両校のまとめ役を担っています。

マレーシアの難民受け入れ事情については、下記の記事にもまとめています。

【関連記事】チン族難民の学校で英語を教える

国連の方針にも左右される難民生活

このころ、マレーシアに3万人以上いるチン族難民の間には、不安が蔓延していました。2018年6月に、国連難民高等弁務官(UNHCR)が「チン族の難民認定を2019年12月末日で終了する」と発表したからです。

理由は、ミャンマーの民主化が進み、チン州の治安が回復されたから。しかし、現実には数ヵ月前にもチン州や隣のラカイン州で武力衝突が起きており、当人たちが安心できる証拠は示されませんでした。また、ミャンマー政府は、難民の帰還を受け入れるとの声明を出していませんでした。

じつは、マレーシアは難民の人権を守る国際条約を批准しておらず、闇ルートで逃れてくる難民たちを「見て見ぬふり」しているにすぎません。公には不法滞在者扱いとなり、難民の方たちは義務教育や医療補助を受けることができず、合法的に働くこともできません。

マレーシアにいる難民は、国連を通じて第三国に定住できる機会を待ち望んでいます。国連が発行する「難民認定証」だけが唯一の身元証明書で、それがなくなれば、マレーシアで安全に生きていくことはできません。認定がなくなると第三国定住の道は閉ざされ、多くの人はパスポートもないまま、自力でミャンマーに帰らされることになります。そうなれば、子どもや女性は人身売買や誘拐の危険にもさらされかねません。

不安は子どもたちにも伝わります。2019年に入ると、CSOプチョン校の子どもたちも、なんとなく荒れていたり、笑顔がなくなっていたりして心配でした。

英語を教えるために1年間通った、CSOプチョン校。

こうしたなか、私は家庭の事情で3月にマレーシアを離れ、日本に帰国することになりました。生徒たちに会えるのもあと数回。困っているチン族の方たちのために、なにかできることはあるのか?

それが知りたくて、数日前にチン族の集会で初めて出会ったCSO会長のピーターさんに、事情を伺うことにしたのです。

*    *    *

待ち合わせ場所に到着した私が、「早く着いたのですね」と声をかけると、ピーターさんは気まずそうに言いました。「昨夜からずっとこの辺りにいたのです。昨日、近くの教会でチン族の無事を祈るミサがあったので。朝まで教会や外で過ごしていました」

ピーターさんが住んでいるチェラスのはずれからクアラルンプールの中心部までは、タクシーで30分ほどかかります。2日連続で往復すると交通費がかかるので、昨日は帰宅しなかったのだといいます。

私は申し訳ない気持ちになり、チェラスでお会いすることもできたのですよ、と伝えました。すると、ピーターさんは、チン族難民やCSOについて知りたいと思ってくれる人がいれば、できる限りどこへでも出向くことにしているのだと話してくれました。

ここから先は、インタビューの内容です。

いまは、チン族難民にとってもっとも暗い時代

ーーさっそくですが、チン族難民の現状は?  国連に「難民認定終了の撤回」を求める声も高まっていますね。

はい。マレーシア人やあなたたち日本人など、チン族以外のコミュニティも私たちの身を案じてくれて、大変心強いです。ですが、いまのところ状況は変わらず、おそらく2019年末で、私たちは難民認定を失ってしまうでしょう(*)。いまは、チン族難民の歴史上、もっとも暗い時代です。

ーーこれから、CSOの学校はどうなるのでしょう?

徐々に生徒が減っていくと思います。すでに難民認定証の有効期限が切れて、更新できない仲間も多い。絶望のあまり、自殺者も出ているのです。しかたなくミャンマーに帰ろうとする人が増えるでしょう。身分証明を持たないまま、マレーシアにいるのは危険です。いつ警察に捕まるかわかりません。

でも、私は生徒がひとりでもいる限り、勉強を教え続けるつもりです。ひとりでも残っているなら、その子を見捨てることはできません。子どもに勉強を教え続けることで、家族を支えることにもつながるはずです。

CSOチェラス校は、雑居ビルの中にある。

ーーピーターさん自身の難民認定は?

すでに有効期限が切れています。

ーー生徒がいなくなったらどうしますか?

そのときは、私もミャンマーに帰ることを考えると思います。ただ、いまはまだ故郷が私たちにとって安全だとは信じられず、帰りたいとは思えません。

ーーパスポートはあるのですか?

ありません。

ーー聞きにくいことですが…どうやってマレーシアに来たのですか?

お金を払うと、国境超えを手伝ってくれる仲介人がいました。故郷のチン州から何十時間もかけてヤンゴンへ。さらにタイを経由して、マレーシアに入りました。ボートやバスに乗ったり、山の中を歩いたり。3ヵ月くらいかけてたどり着きました。

ーーチン族の難民認定が終了したら、難民ではなくなりますよね。その場合、マレーシアにあるミャンマー大使館に行き、正規にパスポートを取得することはできますか?

できるかもしれません。ただ、パスポート申請に必要な身分証明書が何もありません。特別な処理が必要だからと、法外な費用を請求された話を聞いたことがあります。

ーーピーターさんは、いつマレーシアに来たのですか? 第三国定住を待っているのですか?

5年ほど前に来ました。私たちはみな、第三国定住を悲願してここにいます。ですが、それが実現するには何年もかかります。マレーシアにいても、私たちの人権は保障されません。義務教育を受けることも、働くことも許されていない。私は片方の耳が悪く、もうすぐ手術を受けなくてはなりませんが、医療保障もありません。

ーー家族と一緒に来たのですか?

来るときはひとりでした。先に故郷を出た姉が、マレーシアから第三国定住でアメリカに渡りました。兄も先にマレーシアに来ています。

ーーお姉さんがアメリカにいても、ピーターさんは行けないのですか?

難民申請の手続きが別々だったからです。先にマレーシアに来た姉は、個人として難民申請をしました。兄弟でも、バラバラに来たので状況はそれぞれ違います。手続きはとても複雑で融通がききません。

存続が危ぶまれる難民学校

ーーCSOについて教えてください。

CSOの創立は2005年。マレーシアにある難民の学校では歴史が古いほうです。親が働いているあいだ、路上でぼんやり過ごしていたチン族の子どもたちを、同じチン族難民の若者が一人ひとり声をかけて集め、勉強を教えはじめました。こうした教室が増え、多いときではクアラルンプールの中心部をはじめ7ヵ所にありました。

CSOチェラス校の、息子と同じ8才のクラス。

ーーなぜ、2校に減ってしまったのですか?

先生が足りないからです。私たちはマレーシアで合法的に働くことができませんが、働かなければ食べていけません。人づてを頼り、飲食店などで働いたり、チン族コミュニティ内で商売をしている人もいます。CSOでは、子どもたちに母語、英語、算数、科学などを教える先生が必要ですが、先生に十分な給与を支払うことができません。そのため、先生になりたい人が少ないのです。飲食店で働いたほうが給料がいいですから。

あとは、ボランティアの先生に頼っています。学生ボランティアも来てくれますが、夏休み中だけ、週に数時間というケースが多い。毎日すべてのクラスに先生がいるわけではありません。

チェラス校の女の子たち。

都心部には、ほかのコミュニティ・スクールもあります。そのため、CSOが閉鎖しても、子どもたちはほかのところに通うことができました。

現在残っているチェラスとプチョンは、どちらも都心から離れた不便な場所にあります。ほかに学べる場所がないので、なんとか続けていかなければと感じています。

ーー学校の資金はどうしていますか?

生徒ひとりあたり80リンギット(2000円強)の月謝を集めています。現在、チェラス校に約90人、プチョン校に約40人の生徒がいます。これが唯一の定期収入ですが、団体や個人からの寄付金も頼みの綱です。

また、私たちはキリスト教徒で、いくつかの教会から、教室の賃料や昼食代など、さまざまなかたちでの支援を受けています。しかし、教会も運営が厳しく、今後は予算の削減を伝えられています。

今月は光熱費を支払えるだろうか? 来月も学校を続けられるだろうか? と、心配で眠れない夜はしょっちゅうあります。

ーーいま、一番困っていることはなんですか?

先生不足です。チェラス校には、幼児から15才まで、90人の生徒がいますが、先生は私を入れて4人しかいません。2人は赤ちゃんを抱えていて、もう1人はオーストラリアへの定住が決まり、もうじき去ってしまいます。

私は校長として、会長として、先生を確保しなくてはなりません。けれど、私自身が毎日何クラスも授業をしなくてはならないので、時間がありません。

チン族難民は、義務教育や高等教育を受けていません。故郷には小学校までしかありませんでした。ですから、できればマレーシア人や、ここに定住している外国人の方で、フルタイムで教えくれる先生がいたらと思います。そのためには、給与を支払わなければ続けてもらえないでしょう。いい先生を雇えるだけの資金があれば、と切実に願っています。

未来をつなげていくための教育

ーーピーターさんが目指していることは?

子どもたちに、学ぶことのを意味を伝えたい。教育は大事です。路上にいる子どもに勉強を教えることで、その家族を助けることにもなる。教育は未来につながります。

私は、チン族難民の子どもたちが安全な国に定住できたら、きちんと勉強して高等教育を受けてほしいと願っています。日雇いのような単純労働ではなく専門的な仕事に就いて、社会に貢献してほしい。

以前CSOにいた生徒のひとりが、アメリカで数学の教師になりました。彼は私たちの誇りです。

ーーピーターさんの英語はとても上手で、わかりやすく説得力があります

伝えたい気持ちが強いからだと思います。英語は独学で覚えました。

ーー私はもうすぐ日本に帰国します。帰国前にバザーで寄付金を集め、引越しで使わなくなるものを寄付したいと考えていますが、ほかに、何かできることはあるでしょうか?

いまこうして話し合っていることを、ほかの人たちに伝えてもらえたらと思います。難民が置かれている状況を、まずは多くの人に知ってもらいたい。

ーー私はCSOに出会うまで、チン族や難民のことを知りませんでした。プチョン校に通いはじめ、最初は「教えよう」と思っていましたが、あなたたちから「教わる」ことのほうが多かった。また、チン族のことを知りたくて調べるうちに、民族衣装や手織り物、刺繍などの文化にすっかり魅了されました

とても嬉しいです。お互いに学び合える関係は素晴らしいですね。

ーー最後にお聞きしたいことがあります。故郷チン州の方たちは、昔から日本人を知っているのでしょうか。つまり、戦時中に日本がビルマに進軍し、チン州にも大勢の日本兵が入ったのですよね…

ああ…それはもちろん知っています。ビルマ(ミャンマー)は日本に占領されていた時代がありますから。でも、日本だけではありません。私たちはイギリスにも統治されていたし、チン族はビルマ国軍による弾圧も受けてきました。

ーーどうもありがとうございます。率直なお話が聞けて、とても勉強になりました

話を聞いてくれて感謝しています。心が通い合ったと感じました。ぜひ一度、チェラス校にも来てください。

*    *    *

帰国直前、私はチャリティーバザーの収益金と、引越しで使わなくなる家電、子供服、靴、文房具などを持って、CSOチェラス校を初めて訪れました。ここに掲載した写真は、そのときのものです。

チェラス校でいただいた、まかないランチ。
子どもたちはお昼休みに一旦帰宅する。

後日談として、3月に国連(UNHCR)がチン族難民の「難民認定終了」を撤回しました。ミャンマー北西部で引き続き武力衝突が起きている現状と、マレーシアで地元メディアが主導したチン族難民支援キャンペーンや署名運動が、そのきっかけにもなりました。

しかし、「2019年問題」を経験して、立場の危うささや将来への不安を改めて実感した難民の方も多く、決してめでたしという状況ではありません。

2019年6月現在、CSOプチョン校は来年以降の存続があやぶまれています。

また、CSOチェラス校を訪れてみると、立地・土地柄ともにボランティアが定期的に通いにくいエリアにあり、先生不足は深刻だと感じました。それでも、一度訪れると、子どもたちの元気さ、朗らかさ、素直さに感銘を受けると思います。

もし、支援や寄付を検討される方がいらっしゃいましたら、ぜひCSOに直接お問い合わせください。

【Chin Student Organization(CSO)】 

服部 駒子
東京生まれ。2011年より約4年間シンガポールに滞在、2015年1月よりクアラルンプール在住。翻訳者・ライター。共訳書に「メディカル ヨガ 〜ヨガの処方箋〜」(バベルプレス)、書籍「アンコールの神々 BAYON」(小学館)、WEBサイト「シンガポール経済新聞」、「シンガポールナビ」、マレーシア在住日本人向けフリーマガジン「Weekly MTown」などに記事を寄稿。

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