今回のインタビュー特集では、IELTSで進路を切り拓いたSENPAIたちにいろいろお話を聞いていきます!
三重からUWC留学に挑戦、そして米国大学に進学
松塚さんは、もともと三重の公立高校に通っていたそうですが、どのようにしてUWCに進路を見出したのでしょうか?
多忙な高校生活ですり減るような状況のなか、「環境を変えたい…」と考えたときに、UWCのことを思い出したんです
今回は、UWCオランダ校から米国の「タンパ大学」に進学した松塚さんにお話を伺います。
UWCについて知った経緯は?
UWC奨学生のことは、中学生のころ、英語の先生経由でその存在を聞いていたので頭にある程度でした。その後、高校に入学して最初の数ヵ月間、部活や勉強の忙しさもあり、ストレスを抱えて落ち込んでしまった時期があったんです。
部活も授業もない休校期間を機に、「何か環境を変えたい」と考えていたとき、UWC奨学生の存在を思い出して、もともと海外に興味があったことも合わさり「UWC奨学生を受験してみよう」と意思が固まりました。
休校期間が、将来を見据えるいい機会に
高校のダンス部は日々練習時間が長く、毎日2時間近くかけて通学していたので、息をつく暇もなく自分を追い詰めるマインドから抜けられなくなっていたんです。
そうした日常が完全にストップした休校期間は、自分の高校生活を考え直す大きな転機だったと思います。
UWCという目指すものができたことで気持ちが前向きになり、休校期間が終わってからは学校生活も部活も楽しめるようになりました。
短かった日本での高校生活は、いまではとてもいい思い出です。
海外留学に興味を持ったきっかけは?
中学の英語の先生が、世界中を旅したこともある人間的な魅力もある素敵な先生だったんですよね。そのような広い世界を見ている人に憧れて、自分も海外に行きたいと考えるようになりました。
それに英語は、学校で習う教科のなかで1番実用的と感じていたので、その英語の先生からアドバイスをもらいながら、自主的に英語を学ぶようになっていました。
ちなみに、中学時代にUWC奨学生のことを教えてもらったのはまた別の英語の先生でした
その都度、先生との出会いを大切にすることで、松塚さんの進路が拓かれたのですね!
UWC奨学生選考はどのように準備した?
受験時は、「環境を変えたい、結果はどうあれ自分を出し切ろう」と必死でした。
周囲にUWCのことを知っている人も全然いなくて、後から結果を見たら首都圏の同じ学校から数名が選ばれていて、三重県からは自分が最初で最後ではないかと正直びっくりしました。
UWC奨学生選考では、情報面でも首都圏のほうが有利という側面があります。グローバルエデュでは、地域を問わずUWCへの可能性が広がってほしいという思いで発信を続けています
UWC選考では2回の試験がある
UWCでは、一次と二次の2回の選考があり、一次は大阪会場で他の候補者と一緒に国語と数学の試験を受けました。
英語の学力試験はなく、事前に英語力を証明する結果を提出するだけでした。私は英検は準2級までしか持っていなかったので、高1の段階で英検2級を取得して提出しましたね。
二次のオンライン面接は、英語と日本語の個人面談、日本語グループディスカッションがあり、私の英語面接は笑いも交えた終始カジュアルな雰囲気でした
オランダ校を選んだ理由は?
留学先は、学校の得意分野や費用を考慮して、ランキング形式で希望を提出できます。
私は漠然とした興味からノルウェーを第1希望、オランダを第2希望として出願しました。
私が通ったオランダ校は、徒歩や自転車でどこでもアクセスできる立地にあり、私との相性は抜群だったと思います
UWCオランダ校での生活について
高2の夏から英語でIBに取り組むということで、大変な一面もあったのではないでしょうか?
英語の基礎があるとはいえ、最初の数ヵ月間は本当に大変でしたね
授業でも日常会話でも何を言っているかわからず、話せそうなときもタイミングを逃すの繰り返しで、授業を録音したり先生と個別で話したり、とにかく食らいつこうという一心でがんばっていました。
悔しくて泣きたいときはよく母に電話をしていました。
UWCでの2年間を楽しく終えることができたのは、本当に母のサポートあってのことだと思います
英語がわかった!という変化はいつ訪れた?
冬休みを過ぎると英語を聴きとれるようになり成長を感じましたが、脳の働きが言語処理に追われるためか、日本語なら言いたいことがどんどん出てくるはずの質問に対しても、英語になると言いたいことが頭に浮かんでこないという状態にしばらく悩まされたんです。
これは「外国語副作用」という現象に当てはまるんですが、あまり深い対話ができないぶん、友人関係を築くプロセスでもどかしい気持ちを抱えていましたね。
それでも、1年目の終わりごろにはコミュニケ―ションの問題は解消し、親友と呼べる友達もできていたと思います。
最終学年に入る前にIELTS7.5を取得
現在大学1年生の松塚さんは、G12に入る前の2023年8月にIELTSスコア(7.5)を取ったそうですが、どのような経緯で受験したのですか?
大学受験に必要となった英語力の証明
私の学校には、English Bと呼ばれる第二言語として英語を学ぶクラスと、English Aと呼ばれる母国語として英語を学ぶクラスがありました。
私が取っていたEnglish Bは海外大学受験において英語力の証明としては不十分な場合があります。そのため、ゆくゆく受験する必要があるなという立場でした。
TOEFLではなくIELTSを選んだ理由
IELTSかTOEFLかの選択肢があり、私は対面の方が話しやすいのでIELTSと相性が良さそうだったのと、TOEFLの総合問題には苦手なイメージがあり、1技能に集中できてシンプルなIELTSを選ぶことにしました。
IELTS対策で行ったことは?
IELTSの問題集を購入して、どんなテストか把握するためにひとまず問題を解いてみました。
結果、グラフを説明するライティング問題に少し重きを置いて勉強しましたが、あとは出題形式に慣れるようにひたすら問題演習を繰り返していましたね。
松塚さんはUWCで英語力が目覚ましく成長しましたが、IELTSを解いてもそうした感触は得られましたか?
そうですね。IELTSの問題を見てもそんなにわからない単語はなかったので、専用の単語集を買う必要もなく、地力の英語力が上がっているんだなと感じました
アメリカの大学を選んだ理由は?
もともとアメリカの大学には行きたかったのですか?
柔軟性のある進路に対応するアメリカの大学
UWCとパートナーシップ(一定の奨学金を保証)を結ぶ大学がアメリカに多いのと、ヨーロッパはやりたいことが明確に定まっている人が向いていて、まだ将来の方向性が定まっていない自分には柔軟性のあるアメリカの大学が合っているなと考えました。
それに、日本ではミュージカルを大学で学ぶという発想自体があまりないですが、UWCに身を置き、芸術系も正当な専攻分野として評価される価値観に出会えて、現在の進路選択につながったなと感じています。
留学で学習面以外にも成長できたと感じる点は?
日本の高校時代とは違って、いい意味で大雑把になれて、肝が据わったメンタルが備わりました。
これは周囲の友人からもよく「変わったね」と指摘されています。また、さまざまなバックグラウンドを持つ人に出会うなかで、「どんな生き方をしてもいい、なんでも挑戦しよう」という気持ちが強くなりました。
今回の取材では、松塚さんのまっすぐな人柄はそのままに、ますます人間性が磨かれている様子が伝わってきました
今回の興味深いお話は、日本でいろいろな環境で頑張る中高生にとっても、きっと将来への励みになると思います。
本日はありがとうございました!