※本企画「未来へつながる学びの軌跡」では、中高生時代に芽生えた小さな興味や挑戦が、その後どのように専門性やキャリアへ育っていくのかを、 “時間の流れ”とともにていねいにたどります。
本記事は、グローバルエデュの中高生レポートたちがその後の進路をどのように選択したのか、その歩みをたどるものです。

10代で挑戦した経験が、どのように未来へつながっていくのか。
高校1年生でアフリカへ渡り、医療の現実と向き合った藤戸美妃さんは、その後JICA研修、研究活動、海外医大進学、起業、エンジニアリング学習、ウェルネスメディア運営と、多彩な道のりを歩んできました。
そして2025年6月、ハンガリーの大学の医学部を卒業し、2026年春には日本で医師としてのキャリアをスタートさせる予定です。
医師になる「直前の時間」を過ごすいま、藤戸さんが見つめている未来について話を伺いました。
1|原点の10代──「問い」が芽生えた英語とアフリカ体験
藤戸さんの「最初の原点」は、5歳から通い始めた英語教室でした。
最初は泣きながら通っていたそうですが、続けるうちに英語で世界が広がる楽しさを知り、小学校の卒業文集には「英語をもっと学んで、世界で活躍する女性になりたい」と書いていたと言います。
この頃から、ぼんやりと“国際協力”への関心が生まれていました。
高1・アフリカ体験で価値観が反転
高校1年生で参加した「トビタテ!留学JAPAN」プログラムでは、アフリカ・タンザニアの無料クリニックで医療ボランティアに参加。

薬が足りず救えない患者がいる現実を目の前で知り、「釣り方を教える(人的支援)だけではなく、釣り針(物的支援)がなければ救えない」という価値観の転換が起こります。
また、持病の偏頭痛で活動に参加できなかった日には、慢性的な病気が日常生活を奪うことを痛感。この経験が、初めて「医師になる」という選択肢が自分の中に生まれたと言います。
さらに高校では、頭痛の引き金となる食品添加物に着目し、加工食品のグルタミン酸ナトリウムを減らす研究を行い、実験を繰り返す中で科学の面白さに気づき「研究医として人を助けたい」という想いが強まっていきました。
JICA研修で“知識が実感に変わった”
その後、タンザニアでの経験をテーマに書いたエッセイがJICA優秀賞を受賞。ラオス研修に参加します。
不発弾処理、教育政策、僧侶文化、農村での家庭訪問など、ただ「国際協力を知る」のではなく、実際に支援のリアルに触れたことが、藤戸さんの視点をさらに広げました。
「知識として理解していた“国際協力”が、体温のある実感に変わった瞬間でした」と彼女は当時を振り返ります。
◆ この時期の転機: “人的支援”だけでは救えないという現実から、「物的支援」や医療へ視野が広がる。
2|17歳、ハンガリーへ──“学びが専門性に変わる”最初の分岐点
すでにフル単位を取得していたので、高校3年生の1月に卒業を待たずに17歳でハンガリーのデブレツェン大学医学部に進学。
その理由は「EU、日本、アメリカの医師免許の取得が可能で、英語で学べて、学費や奨学金の仕組みも現実的だったことが大きかった」と話します。
当時の英語力は、TOEFL iBT108点、英検1級。ハイレベルな英語力が必要と思われるかもしれませんが、一緒に入学した日本人学生にはごく一般的な高校を卒業した人もいたそうです。
ハンガリー政府からの奨学金で、すべての授業料(6年間で約1800万円)と生活費の一部をカバー。高校3年生の1月に半年の予備コースから進学し、その後6年間ハンガリーで学びます。
「目的より生存」だった最初の3年
ハンガリーの医学部入学は、日本よりも敷居が低いものの、授業で求められるレベルは厳しく、進級率は3分の1。
藤戸 美妃さん最初の3年間は、1日16時間勉強する毎日で、採血や縫合の実習、ハンガリー語での医療会話など、国際学生200名とともに、目の前の課題を乗り越えることで精一杯でした
研究ではなく、もうひとつの医療の形へ
当初は研究医を志していたものの、研究が「数年努力しても結果が出るかわからない世界」だと気づき、自分の性格とは合わないと感じ始めます。
そんなとき、冬休みの帰国時に参加した日本のヘルスケアスタートアップでのインターンが大きな転機になりました。



事業なら、ひとつのプロダクトで何万人も救える。医療への関わり方は病院の中だけじゃないと気づきました
臨床で出会った“防げる病”
さらに臨床実習では、遺伝性の病気や治療が難しい病で苦しむ患者と、生活習慣や早期発見で防げたはずの病で苦しむ患者に出会います。後者の多さに衝撃を受けました。
病院で“治す医療”に携わる中で、病気の進行をできるだけ遅くし、健康に過ごせる時間を延ばす視点の大切さにも気づきました。



その気づきから、「“病気と向き合いながら健康を守る医療”を自分の軸にしたい」と思うようになりました
3|医療の外へ踏み出す──起業・ウェルネスが結びついた理由
体当たりで挑んだ起業
藤戸さんはその後、夏や冬の長期休みを利用して、健康価値の高い日本食をミールキットとして海外へ届ける企画を立ち上げ、渋谷や羽田空港で外国人へ突撃インタビューを繰り返し、鍋つゆを抱えてボストンに飛んで現地調査を行うなど、体当たりの起業経験を重ねます。
結果として事業は方向転換することになりましたが、課題解決のヒントは現場に落ちていること、自分が“届けたい相手”を深く理解することの重要性を学びました。
シニアの孤独・栄養問題へ視点が移動
ボストンでの調査中に現地の人から言われた「おばあちゃんに食べさせたい」という一言がきっかけとなり、シニアの孤独と栄養課題へ視点が移っていきます。
日本へ帰国した際には介護施設で傾聴ボランティアを行ったり、Zoomでシニアをつなぐ実験を行ったりと、社会の中にある“病気になる前の課題”に触れてきました。
企業インターンで“社会実装”を理解
さらに2024年には、高齢者向けビジネスを展開する会社向けのコンサルティング企業でのインターンとして勤務し、企業のリサーチや仮説検証、社会実装のプロセスを学びます。
加えて、プロダクトを自分自身でつくるためにエンジニアリングを学び、カナダやEU、アメリカのアクセラレーションプログラムにも挑戦。キャリアの幅をさらに広げていきます。
4|医師になる直前──専門性と社会課題が交差する「現在地」
2025年6月に医学部を卒業し、現在は日本とアメリカの医師国家試験の両方に向けて準備している藤戸さん。
日本では2026年2月に受験を予定し、アメリカは段階的に試験を進めており、来年の春からは、首都圏の病院で初期研修をスタートする予定です。
医師としての道と、社会課題に挑む事業家としての視点が大きく交差するフェーズに入ります。
ウェルネス×医療のメディア運営
一方で、藤戸さんは現在、日本のウェルネスを発信する英語メディアを運営。


日本の長寿の秘密、禅や森林浴、食養生など、世界に向けた“日本のウェルネス”を発信し、来年には日本のウェルネスをテーマとした書籍がイギリスで刊行される予定です。



日本に来る海外の方々が、健康や癒しの体験を得られる仕組みをつくりたい。医学的なエビデンスを持って届けることで、安心して利用してもらえると思うんです
この発信は、観光・地域活性・医療アクセス・シニア支援などの領域にも直結しています。
藤戸さんは「予防医療」について次のように語ります。
「病気にならないこと。早く気づくこと。毎日を健やかに過ごせる“枠組み”をつくることが予防医療だと思います」
5|これからの未来──“病気を防ぐ医師”として描く新しい医療
藤戸さんが見つめている未来は、病院に所属する医師にとどまらず、「病気を未然に防ぐ医師」としての姿です。
孤独や生活習慣病、栄養格差など、社会の中にある“病気になる前の要因”を、医療と事業の両方の視点から支えていきたいと語ります。
さらに、タンザニア研修時に感じた「物的支援の重要性」や、途上国で見た医療アクセスの格差も、長期的に取り組んでいきたいテーマです。
「お金を稼ぐ力を持つことで、物的支援という形で国際協力にも貢献できる」と、彼女は考えています。
医師免許取得後は、信頼性をもって世界に向けたコンテンツを発信し、研究の先にある「社会実装」にも関心を寄せています。
医学、事業、国際協力、ウェルネス──。これらを横断しながら、藤戸さんの挑戦はこれからも続いていきます。
6|10代へのメッセージ──小さな興味が未来をひらく
最後に、未来を模索する中高生たちにメッセージをお願いしました。



少しでも興味があることがあれば、まずやってみてほしいと思います。できるかできないかで判断せず、体験してみることが大切です
「私は中高生の頃、政治のイベントに行ってみて自分に合わないなと感じたりするなど、興味が向いたものは全部試しました。実際に行ってみて“向いていない”と分かったことも、大きな学びでした。
保護者の方にもお伝えしたいのは、子どもが『ちょっと気になる』と言ったことを体験させてあげるのは、将来につながる大きなチャンスになると思います。その経験には、お金以上の価値があります」
編集部より
藤戸さんの歩みは、特別な才能ではなく、小さな興味をためらわずに試してみること。そして、そのとき出会った環境や人とのつながりを、前へ進む力に変えてきたプロセスそのものでした。
編集部では、「中高生の挑戦が、どんなふうに未来へつながっていくのか」その“時間の流れ”をていねいに描けたこと。そして、子どもを支える大人のささやかな後押しが未来の扉をそっとひらいていく様子を伝えられたことが、大きな喜びとなりました。
この“時間の流れ”にこそ、学びが専門性へ育つプロセスが宿っています。
中高生レポートで描いた「点」が、いまどのような「線」になっているのか。それを見届けるのが本シリーズです。







まずは体験してみて。
そこから未来は広がっていきます