親子で本を読むカタチは「読み聞かせ」だけではありません。親子で1冊の本と向き合い、一字一句もらさず読み込み、そこに書かれている「学びの本質」を徹底的に吸収すると、わが子にどのような成長がもたらされるのかーー3年間をかけて実践したファミリーを取材しました
Jeensuk Yang(ジーンスク・ヤン)さん1972年生まれ。韓国光州出身。東京で妻と中学生の息子の3人暮らし。現在、外資系企業で社員の人材育成マネージメントに携わっており、幸せを感じる瞬間は「人が成長するのを間近に見ること」[/author]
1冊の本と魂を込めて向き合った3年間
ーー息子さんと父子で、1冊の本をじっくりと読み進めたと伺っています。どのように本と向き合ったのですか?
わが家の場合、親がたくさんの本を「読み聞かせ」するスタイルではなく、息子が小学3年生から6年生になるまでの3年間をかけて、英国・DK社の子ども向け学習書シリーズの「Help Your Kids with Science」(2012年5月発刊、256ページ)という本を、親子で徹底的に読み込んでいきました。
この本を選んだのは、書店で手にとってみたところ、生物・化学・物理の領域をカバーしているし、カラー図版もたくさん盛り込まれているので読みやすそうだな、と思ったからです。でも、別段この本にこだわりがあったわけではなく、サイエンスに興味がある息子と、親子で一緒に学べる本であればなんでもよかったんです。
テーマも、子どもの興味があるテーマであればサイエンスでなくてもよくて、本という形式にとらわれずに、スポーツや外遊び、ゲームなどを通じて学んでもよかったんです。子どもが成長してしまう前に、「息子が興味のあるテーマを親子で徹底的に学ぶ」という経験をしておきたかったんですよね。
ーー今回、英語で書かれた科学の本を選んでいますが、なぜ英語の本を選んだのでしょうか。 また、「1冊の本を読み込む」とは、具体的にはどのようなことなのでしょうか
普段私と息子は韓国語で会話していますが、英語で書かれた本を選んだのは、息子はインターナショナルスクールで英語で学んでいましたし、サイエンスは英語で学んだほうがその用語や概念が理解しやすいと考えたからです。
この本では、まずはもくじのページを開いて、本に書かれている内容を一緒に確認することからはじめました。そのなかで、息子はPhysics(物理)の「Stars and Galaxies(星と銀河)」という章に興味を持ったので、そこから読んでいくことにしました。
「Stars and Galaxies」の章を開くと、タイトルの下に ”Galaxies are huge star systems. Made up of stars and large amounts of gas and dust” というリード文があります。普通なら、ここからは「銀河とは巨大で、特定のシステムを持ち、こんな物質で構成されているんだね」という前知識をとりあえず共有して、本文へと読み進めて行きますよね。
でも、この文を正しく理解しようとするならば、「巨大とはどのくらいのスケールで、star system(恒星系)とはどんなしくみなのか」といったギモンが出てきますし、サイエンスに興味があるとはいえ3年生の息子には知らないことばかりです。だから、わからない単語があればその意味を確認しながら、私の知識が追いつかないことはネットで検索したり、Youtubeを見たりして知識を深め、その文に書かれていることをすべて理解したうえで、先へと読み進めて行きました。
ーーどのくらいの頻度で読んでいったのですか?
本を読む頻度は週に1、2回で、当時は比較的時間があったので長いときは1回3時間におよぶこともあれば、10分のときもありました。たとえ忙しくて10分しかとれなくても、いかに子どもと読んでいくかの「質」が大切なので、量(時間)を質でカバーすることもできると思います。
ーー1冊を読み終わったと実感したのは、どんなタイミングでしたか
読み始めた当初は、知識の比重は私が100で息子はゼロでした。でも、それが時間の経過とともに100:20、100:50、100:80と変化していき、息子の理解が私と並んでからは、私は息子が読むのをただ聞くだけの役割となりました。
このような精読を繰り返して、この1冊が息子の一部となったと実感するまでに3年かかりました。読み終わってから学んだ内容を整理してみると、本が1冊書けるくらいの知識を習得していることがわかりましたし、章立てにすると最初に開いたもくじとほとんど同じ内容となりました。
3年間にわたるプロジェクトになりましたが、私がこの経験を通じて息子に伝えたかったのは、本の中身ではなく「知らないことをいかに学ぶか」という姿勢だったんです。
ーー読み終えてから、息子さんにはどのような変化がありましたか?
本を読み終えてから、息子は「科学者になりたい」という目標を持つようになりました。この本を通じて、大学で学ぶ知識も先取りしているため、面白そうだと興味を持った分野はさらに自分で学びを深めたり、学校に提出する息子のサイエンスのレポートも中学生の域を大きく超えていると先生も驚いています。
2018年の秋には、進路選びの参考になればと、中学2年生になった息子と親子3人で米国・ボストンに行ってきました。いくつか大学を見学するなかで、マサチューセッツ工科大学(MIT)の新入生向けのITの公開クラスに参加したのですが、息子は学生たちと同じように授業を理解していましたし、先生に質問するなど、すでに大学で学ぶ準備ができていると実感する時間となりました。
「幸せにつながる学び」を与えよう
ーーわが子を育てるなかで大切にしてきたことはなんですか?
私が育った韓国は、ご存知のように超学歴社会で、わが子に安定した人生を与えたい一心で、親は子どもにいい成績を取るようプレッシャーをかけます。私の両親も、私に安定した人生を手に入れて欲しいと願っていたので、成績とは関係ないところで純粋に「学ぶこと」が好きだった私は、社会や家庭からのプレッシャーが辛く、幸せとは言えない子ども時代を過ごしました。
だから、息子には「とにかく勉強しろ」でなく、「自分の幸せにつながる学び」をしてほしいと願ってきました。「オブジェクティブ・エデュケーション」、これは私の造語ですが、私たちはいい成績のためではなく、幸せになることを目的に学ぶべきだと思っています。
私は、学校や社会が「やれ」と強いるものであっても、やりたくないことはやらないほうがいいと思っています。子どもにはそれぞれ成長のスピードがありますし、それぞれの成長を尊重しながら、その子にある興味や好奇心を育んでいくことが大切です。
大人だってそうですが、集中してできるときもあれば、なかなかやる気にならないときもありますよね。集中していないのに「やりなさい」と強要したところで、子どもが機械のようにできるとは思いません。だから、息子には「ゲームを先にやっていいよ、やりたくなったら教えて」と言ってきました。
ーー「幸せにつながる学び」とは、具体的にどのような学びなのでしょうか
私は息子が学校でどんな成績をとろうが気にしません。テストのために知識を詰め込んでいい成績を取っても、その子の幸せにはつながらないと思うからです。
たとえば、私の韓国にいる親戚は、ふたりの子どもにできうる限りの教育の機会を与え、韓国でも有数の名門大学と米国・コロンビア大学に進学させました。現在、その子たちは韓国の大企業の中堅社員、銀行員として働いていますが、その親戚が「たくさんのお金と犠牲を払ってまで、子どもに勉強を強要しないほうがいい」と言うんです。親がよかれと思った進路を歩ませても、投資に見合うリターンはなかったというのです。
また、私には中学からアメリカに留学し、有名大学を卒業した部下がいますが、彼もまた親の期待に応える成績を収め、親が望む進路を歩んできました。たとえば、ニューヨーク大学を出てグローバル企業に勤めているとカッコイイと思われるかもしれませんが、彼が夢に向かって生きているかといえば、そうではないんですね。自分探しが終わっていないんです。
親が決めた進路のなかで、運よく「コレだ!」と情熱を注げることに出会えたとしても、それが実らずに終わってしまうこともたくさんあります。それでも、挑戦や試行錯誤を繰り返すなかで、人生で本当にやるべきことや、社会に役立てることが見えてきます。そこから、彼の幸せに向かう人生がはじまるのではないかと思います。
だから、私も息子もまずはワクワクすることを見つけて、情熱を傾けられるようなきっかけや環境を与えてきました。
経験から学んだことを、子どもに伝えよう
ーー本を読み終えてから3年が過ぎましたが、その後はどのように学んでいますか?
現在は、息子が興味のあるものを見つけたら、それについて学んだことを説明してもらい、親子でシェアするようにしています。息子は3Dのモデリングに興味があるので、私たちはそれが実現できる環境を与え、あとは息子が独学でモデリングを覚えてゲームをつくったりしています。
また、息子はピアノを始めましたが、じつは私も妻も音楽の心得がないので、ピアノについて教えられることがありません。その代わりに、私たちは息子のピアノを聴くと、いつも「すごい!」とほめるようにしているんです。すごいと言われるとそのことが好きになるし、苦手だからこそ続けようという意志も働くようになりますからね。親が「人が成長するしくみ」を知っていれば、自分が知らないことでも、わが子の力を伸ばすことができると思うのです。
ーー親が子どもに教えるべきこと・伝えるべきことはなんだとおもいますか?
私の専門は人材マネージメントですので、息子にも自分をマネージする方法を教えています。
この夏に9年生(中学3年生)になる息子の通う国際バカロレア校は課題が多く、課題を終わらせるために明け方まで勉強していることがあります。このような時間を管理する力が必要な状況では「PDCAサイクル」が有効なので、息子には「Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act(改善)の4段階で、あなたはDoしかやっていないけど、どうやってActするの?」と、自分で考えて実行することを習慣化させています。
さらには、自分を幸せにするための能力もじつは学ぶことができるんです。たとえば、目の前に課題がある場合でも、それをどのような側面で考えるかによって対処法は変わってきますよね。息子の成長に合わせて、自由にモノを見る視点を獲得することの重要性についても教えていこうと思っています。
親は子どもから学び、人として育てられる
ーーわが子を育てるうえで、具体的に実践してきたことはなんですか?
私が実践しているのは、「信じる・褒める・見せる」です。
まずは、わが子の可能性を信じることから始めます。そして、子どもが何かに挑戦して、それがいい出来でなかったとしても、「よくやった」と褒めるんです。子どもは興味のあることはどんどん発言しますが、それが妄想めいていても、間違っていても関係ありません。その好奇心が、いずれ「本当はどうなんだろう?」と学びへと導いていってくれるからです。そして、親が生きる姿勢を見せます。問題や試練があったときこそ、それを親自身が乗り越える姿を見せるんです。
この「信じる・褒める・見せる」プロセスがあれば、あらゆる教育は成功すると思います。
ーー目まぐるしく変化する時代に、わたしたちはどのように生きていくべきでしょうか
これまでは100年かけて変化してきたことが、1日のうちに変わってしまうこともあるのが現代です。昨日まで「安定」だと信じてきたものが、明日には安定とはいえなくなり、それを維持すること自体がリスクになってしまう可能性もあります。社会のシステムに合わせて生きていれば、何となく幸せになれた時代は終わったのです。
それゆえに、これからの家庭の果たすべき役割は、ストレスにさらされた家族を癒し、互いに信じて支え合う場として機能することだと思います。親も子どもも、家の外では叱られたり緊張する場面も少なくありません。そんなときに、親がわが子を信じることなく口を出すと、子どもだって外でいろいろあるのに…と、逃げ場がなくなってしまいます。
人生は順調なときもあれば、思いがけず苦しんだりもがいたりすることもあります。そんな困難なときにこそ、失敗を恐れず、目の前の問題を親子で乗り越えるチャンスとすべきです。親子関係は、これからもずっと続きます。よく話し合い、支え合うことで、家族の信頼と絆を強固にしておけば、私たちの人生のかけがえのない財産となっていくでしょう。
私は現在46才ですが、息子が生まれる前は、決められた社会のシステムや文化に合わせてつくられた人間でした。でも、息子が生まれてきてくれたおかげで、私の人生の旅が始まり、息子と成長することで本当の自分になれたと思っています。
ーー親は子どもといかに学びあうべきか、著しく変化する時代において親はどのように子どもと向き合うべきか。具体的な実践方法をシェアしてくださり、大きなヒントをもらえました。また、まずは家庭のなかで学んで内側から強くなることが、外的な変化に対応していく最善の方法であると、改めて実感することができました。どうもありがとうございました
取材/グローバルエデュ編集部